前々回の記事 【三菱自工のスッタモンダについて考える(その1)】 について、TFマンリーコさんからコメントが寄せられ、池井戸潤・作 『空飛ぶタイヤ』 という小説のことが書かれていました。『空飛ぶタイヤ』 は、2002年に発生した三菱自動車製大型トラックのタイヤ脱落による死傷事故、三菱自動車によるリコール隠しなどを物語の下敷きとした経済小説で、第28回吉川英治文学新人賞、第136回直木三十五賞候補となった作品です。私はこの小説を読んではいませんが、タイトルを見て思い出した出来事がありますので、ご紹介します。
私は1980年頃から東京でサラリーマンをしておりまして、職場は港区六本木5丁目にありました。頭上を首都高3号線が通る六本木交差点から外苑東通りを東京タワー方向へ向かって500mほど行くと、もう一つ高速道路が通る交差点が見えてきます。そこが飯倉片町交差点で交差する通りは麻布通り、頭上を通るのは首都高環状線です。当時の職場は飯倉片町交差点の手前を右側に少し入ったところにあって、オフィスが入っているビルの裏手は麻布通りでした。
30年以上も前のことで記憶が定かでありませんが、入社して数年経った春のことだったと思います。事務所は2階だったんですが、午後の業務が始まって間もなく、ドンという鈍い音が階下から聞こえてきました。「今の音は何だ?」 とか言い合っていると、管理人が血相を変えて事務所に入って来て、「管理人室の壁の向こうで大きな音がしたので外に出てみると、通り沿いの擁壁とビルの壁との間にホイールの付いた大きなタイヤが転がっています」 と言うんです。
この報告を受けた総務部長のY氏が席を立って隣の役員室の窓から見下ろすと、確かにタイヤが転がっているとのこと。「こんなデカい物がどこから来たんだろう?と思いながら首都高環状線の方を見たら、浜崎橋方面へ行く外回り車線の路肩に中型トラックが傾いて停まっているので、あれが怪しいんじゃないか」 とY氏は続けました。
管理人から更に話を聴くと、「タイヤは管理人室の壁に当たって一旦跳ね返ったが、すぐ先の擁壁の壁にぶつかって止まったようだ」 とのこと。「最初に当たった壁の上方にはガラス窓があり、ここにぶつかったら窓を破って室内に飛び込んできたかもしれず、そう思ったら背筋が寒くなりました」 とも付け加えました。
こうなると、他の職員もじっとしていられず、仕事を放ったらかして役員不在の役員室へ集まって 「あんなデカい物がここまで飛んでくるか?」 とか言いながらザワついていると、飯倉片町交差点で立ち番をしている機動隊員が物々しい姿のままでやって来て、「今、黒い物体が空を飛んでお宅の敷地に入ったようですが、異常はありませんか?」 と訊いてくる。
飯倉片町交差点を更に500mほど行ったところにはロシア大使館があるんですが、当時は未だ東西冷戦時代、右翼団体の街宣車が毎日のように押し寄せてくるので、それを阻止するために機動隊が交差点付近に常駐していたんです。状況を確認した機動隊員は、どこかに電話をかけて去っていきました。事ここに至って 「空飛ぶタイヤ」 は本当だったと認識した次第。
皆が席に戻って仕事を再開した頃、今度は普通の格好の警官が2人やって来て、「事情聴取をするから麻布警察署まで同行願いたい」 と上から目線でY氏に言い放つ。権力を傘に着るような輩(やから)が大嫌いなY氏は、年度末で猫の手も借りたいほどの忙しさも手伝って 「今日中に仕上げなければならない重要な仕事があるから明日にしろ!」 と一歩も引かない。すると警官は、「お手間はとらせません、帰りもパトカーでお送りします」 と下手に出てきて、Y氏は渋々ついていきました。
Y氏が警察署から戻ってきたのは、それから3時間半ほど経った終業間近。「あいつら警官のくせに、すぐ帰れますなんて嘘ばっかりつきやがって、仕事が間に合わねえじゃね~か、どうしてくれるんだチクショ~!」 と毒づきながら帰ってきました。
誰かが 「で、どうだったんですか?」 と尋ねたら、「あのトラックは4トン車ベースの鮮魚車で関西から1000尾の鯛を活きたまま運んできたらしいが、重量オーバーの上、東名をブッとばして来たんでタイヤに無理な力がかかり続け、ホイールごとタイヤが外れたらしい。トラックの若い運チャン、警官に重量は?と訊かれ、黙ってりゃいいものを先輩の言うには6トンですと言っちまって、警官から、それじゃ重量オーバーだろうがと睨まれてたよ。積荷の鯛が死んだら、ン百万の損害が出るんで早く何とかしてくれって泣きそうな顔で懇願してた。」 と一気にしゃべったところで終業時間。
というのが、昔々、職場で本当にあった 『空飛ぶタイヤ事件』 の顛末ですが、あのときの鮮魚トラックって三菱自動車製だったのではと思うと、なんとなく複雑な気持ちになります。何にせよ、一人のケガ人も出なかったのが不幸中の幸いだったと思います。
― また書きたいことが後回しになったんで、(その4)に続く ―