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Channel: 村の模型屋のブログ
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鉄道模型 ㉛ : C10,C11(その3) 旅の想い出

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  さて、C11形の想い出の最後は、石巻線の話になります。
  石巻線は東北本線の小牛田と女川を結び、延長:44.7に及ぶローカル線です。同線は、2011年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を受け全線不通となっていましたが、2013年3月16日までに小牛田・浦宿間が復旧し、2015年3月21日には全線が復旧しました。

イメージ 2

  Wikipedia に路線図が載っていましたので転載しました。石巻から女川方面へ行くには、仙台から仙石線に乗って石巻で乗り換えればいいんですが、仙石線は元々私鉄として敷設されたことと、他の路線と異なりここだけが直流電化されているために独立した路線になっています。私が訪ねたとき、仙石線の石巻駅と石巻線のそれが別々の駅舎でした。石巻での乗換えには、仙石線の石巻駅を一端出て、ロータリーの向こうにある石巻線の駅へ行くという不便さがありましたが、最近は一つの駅舎になっているようです。

イメージ 1

  この写真をいつどこで撮ったのか、全然、思い出せないでいたんですが、石巻線のC11は1974年(昭和49年)3月24日に運行を終了しているので、その直前、2月下旬から3月上旬の間ではないかと思っています(場所は相変わらず不明)。その頃の私は高校3年生で、大学受験に失敗して失意のどん底にありました。なんてウソで、結果はともかく、受験も終わって予備校への進学?も決まり、割と清々した気分になっていたと思います。
 そこへ舞い込んできた石巻線C11廃止の情報。それっ!とばかりカメラを担いで東北本線の夜行列車に飛び乗りました。
  最初の乗換駅の仙台はまだ夜明け前。乗り継いだ仙石線の電車の中で日の出を拝みながら、前夜、母が作ってくれた弁当を食べたのを覚えています。母お手製の弁当は大きなおにぎりが5,6個入っていて、食べ盛りの私でもとても一度に食べられる量じゃない。
  ふと、車内に目をやると、向かい側のロングシートに知った顔が二人。どこで出会ったのか忘れましたが、どこかの撮影地で話をしたことがある鉄チャンでした。そんな縁で、私の弁当を分け合って一緒に食べたんですが、あの頃は蒸気機関車の終焉期ともあって、同好の士が別の場所で再会することも珍しくなかったんです。

イメージ 3
これは最初の撮影地、石巻と陸前稲井との間を流れる旧北上川にかかる鉄橋です。

イメージ 4

  この写真は、標識からも解るように浦宿駅周辺での撮影です。浦宿駅は列車後方のカーブの先にあり、その左手には 『万石浦』 という汽水湖が拡がっています。列車は女川に向かう下り列車で、C
11が写っている、正にその場所から上り勾配が始まっていて、C11は雲のような煙を上げています。

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  前の写真の列車が近づいて来ました。物凄い煙でしょ?。冬には、このように蒸気機関車の勇壮なシーンが見られるんですが、正月休みは短くて慌ただしく、撮影行に出るのも今一つ億劫で・・・。

イメージ 6

  前の写真の勾配を登って、トンネルを抜けると終点の女川です。この写真は、そこで撮影したものと思います。左手には、懐かしいキハ17(左端の屋根が低い車輌)が写っています。
  東日本大震災の際、女川町は壊滅的な打撃を受けました。女川駅は駅舎が消失!、当初は復旧の目途も立っていませんでしたが、現在は駅を150m内陸側に移設して再開しています。従って、ここに写っている女川駅の情景は、過去のものになってしまいました。

イメージ 7

  女川での撮影を終え、東北本線との分岐点小牛田へ戻ると夜になっていました。東北本線のホームで帰りの列車を待っていると、石巻線のC11がゆっくり近づいて来るのを見つけました。
  このとき三脚は持っていなかったんですが、ホーム上屋の柱にしがみつき、夢中でシャッターを切りました。シャッタースピードは1/8sec.ぐらいで露出は開放。ピンボケになってしまいましたが、個人的には思い出深い写真です。というのは、石巻線の撮影行でのC11の写真が、正規に営業運転をしていた蒸気機関車の最後の姿となったからです。
では、また。


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