Ⅰ 玉崎神社彫像修復の後日談
7月24日の記事に飯岡・玉崎神社の彫像(親子龍)の修復が行われたことを書きましたが、この情報を教えていただいた 「志ん一」 さんから、修復の経緯についてまたコメントをいただきましたので、ここに転載します。
子龍の頭は平成の初期に欠落し、長年本殿の奥にしまってありました。昔の欠け接ぎ修復は釘を用いることが多く、子龍の頭も昔に釘で補修した為、平成初期に錆て欠落したものと思われます(その為、木口の腐食が進んでいました)。今回は、ダボと接着剤、仕上げの接合部外周は、『こくそ』 という粘土のようなもので補修してあります(今回全て修復した訳ではなく、一部火炎や波、髭もまだ未修理)。
江戸の初期は、檜や朴などの柔らかい材を用い寄木細工で岩絵具をのせる極彩色が一般的でしたが、幕府の令により質素倹約の為、硬い欅に一木で彫り、目、口、火炎のみ彩色するやりかたに変わっていきました。ちなみにこの修復は、泉州彫工、木彫山本の山本仲伸氏に依頼しました。
泉州界隈は、岸和田周辺のだんじり新調や彫刻の彫りかえの機運がいまだ根強く、老若男女合わせて50人程の彫刻師がいます。その中でも、腕と人柄に惚れ込み、木彫山本に依頼しました。関東が誇る江戸彫りの技法は幕末に完成しましたが、明治に入り彫工の仕事は激減し、現代はもはや瀕死の状態です(神輿や山車の新調という限られた仕事のみ)。
親子龍の親龍も御祭神が玉依姫の為、雌龍と思います。これを彫った石田丹治も喜んでいると思います。
泉州界隈は、岸和田周辺のだんじり新調や彫刻の彫りかえの機運がいまだ根強く、老若男女合わせて50人程の彫刻師がいます。その中でも、腕と人柄に惚れ込み、木彫山本に依頼しました。関東が誇る江戸彫りの技法は幕末に完成しましたが、明治に入り彫工の仕事は激減し、現代はもはや瀕死の状態です(神輿や山車の新調という限られた仕事のみ)。
親子龍の親龍も御祭神が玉依姫の為、雌龍と思います。これを彫った石田丹治も喜んでいると思います。
色々とご教示いただいた志ん一さんには、心から感謝申し上げます。彫像修復の経緯などを良くご存じの志ん一さんは神社の関係者か氏子さんかと思いましたが、プロフィールを見ると、日本の伝統建築、文化芸能の研究家らしいです。
子龍の頭が欠落したのは平成の初期ということで、割と最近のことだったんですね。私は8年前に旭市に移住したので、その辺の事情は何も知らず、もっと古い時代に失われたものとばかり思っていました。それから、親子龍はともに雄同士(父と子)と勝手に想像していましたが、ご祭神が女神なので親龍は雌と推測される辺りは流石ですね。
結局、この彫像は母子像ということ。もう一度、志ん一さんの解説を読みながらご覧ください。
Ⅱ 磯牡蠣まつり
5月から8月にかけて飯岡の浜で採れる磯牡蠣(岩牡蠣ともいう)は、手のひらサイズに成長するまで6~7年かかる天然の牡蠣(カキ)で、「海のミルク」 といわれるほど栄養に富み、風味も抜群です。 初夏の味覚を堪能できる毎年6月1日から8月中旬まで、当地では 「磯牡蠣まつり」 と称して多くの魚料理店で天然の牡蠣が食べられます。
木曜のコーラス教室のとき、先生から 「牡蠣を食べに行きませんか?」 と誘われ、私も好物なので一も二もなくOK。翌金曜日に国道126号沿いの魚料理店 「たかね」 へ同行。
これが 1,500円の磯牡蠣定食。ただし、刺身は増量(+300円)してもらっています。写真では
1個しか牡蠣がありませんが、本当は2個ついていて 「生」 か 「焼き」 かがチョイスできます。
で、こちらが焼き牡蠣。
この日は、先生ともども、更に単品の牡蠣を2個づつ追加。写真を撮り忘れましたが、これが定食についているものの2倍近くある大物。上の写真だと殻は皿からハミ出すほどで、もう、牡蠣だけでお腹いっぱい。
いや~、久々の磯牡蠣は美味しかった~!。追加の牡蠣の方は、生簀に入っているものの大きさによって値段が違うんですが、刺身増量も含めてお一人様 2,900円のお会計でした。写真見てるだけで、また行きたくなっちゃった。
では、また。